高橋大輔選手・「生涯忘れ得ぬインタビュー」
スポーツ観戦好きの私は、これまでさまざまなスポーツ分野で、数多くの選手たちに対するインタビューを観てきた。アスリートが全力を尽くし、歴史的快挙を成し遂げた時など、インタビューに答えるアスリートたちの一語一語が胸を打つ。
そうしたあまたあるインタビューの中で、生涯忘れ得ぬインタビューがある。
2014年2月開催のソチ五輪の出場権をかけて、フィギュアスケート全日本選手権が2013年12月21日から23日まで、埼玉県さいたま市のさいたまスーパーアリーナで行われた。
2010年バンクーバー五輪銅メダリストの高橋大輔選手は、2013年12月21日のショートプログラムで4位と出遅れた。22日のフリースケーティングでは、2度の4回転の失敗を含め、ジャンプでミスを連発し、5位に沈んだ。
この結果に関し、メディアは、異口同音に、高橋大輔選手の3大会連続の五輪出場は厳しい状況と伝えた。
2013年シーズンは不調で推移していた高橋選手は、2013年11月上旬に開催のNHK杯で優勝し、ソチ五輪に向けてスイッチが入ったように見えた。
しかし、高橋選手は、2013年11月26日、練習中に右足のすねを負傷した。痛めたのは、右膝の下で、その5年前に前十字靱帯を断裂して手術を受けた箇所だった。
2008年の大けがのときは、それを克服し、2010年バンクーバー五輪で銅メダルに輝いた。
2013年11月の負傷で、患部には炎症で水がたまり、大会前に注射で水を抜いて出場した。体調は、万全の状態ではない。
NHK杯で優勝し、さあ、これからだという時で、ソチ五輪の出場権をかけてのフィギュアスケート全日本選手権の直前での負傷だ。高橋選手は、自らの不運に泣いた。
しかし、高橋大輔選手は、決めた。決して逃げないと。
全日本選手権の前に高橋選手の練習風景が放映された。そこには、不安げな高橋選手の表情があった。彼の自信なさげな姿は、初めて観た。よほど足の状態が悪いのだ。
高橋選手のフリー演技が始まる。冒頭の4回転トーループ。決まった、と思った。しかし、着地の瞬間、転倒。右足の痛みさえなければ。後で分かったことだが、両手をついた際に右手を負傷して流血が続く。
2つ目の4回転は回避する選択肢もあり得る。しかし、高橋選手は逃げなかった。果敢に挑戦し、両足着氷。
4回転ジャンプは、二度とも失敗したが、世界の高橋大輔として定評のあるステップとスピンで観客を魅了した。
どんなに辛く苦しくても、決して逃げない。転んでも立ち上がり、右手から流血しながらも、ジャンプを跳び続けた。
高橋大輔選手のフリー演技が終わった瞬間、1万8,000人もの大観衆が総立ちで、高橋選手を讃えた。鳴りやまない拍手を浴びながら、高橋選手は、四方に向かい、深々と頭を下げた。
テレビカメラに映る高橋選手の顔には、かすかな笑みが浮ぶともに、涙している。そして、カメラが映し出す右手からは赤い血が滴り落ちている。
かすかに浮ぶ笑みは、決して逃げずに死力を尽くしたという高橋選手の誇りがそうさせている。そして、それ以上に鮮烈に映る涙は、右足のけがのために、自分の演技ができなかった悔しさの現われである。
演技が終わってから、高橋大輔選手に対するテレビのインタビューが始まった。彼の姿を観るのが辛い。
目を真っ赤に腫らして言葉を絞り出した。
「いや…、全く…、自分の演技が…」と言いかけて、嗚咽が止まらず、しゃべれない。
たまらず、カメラの前を離れ、奥に引っ込んだ。
再び姿を見せると、彼は、涙ながらに、声をふりしぼった。
「自分の演技ができなかった。それが一番悔しい。ミスを重ねていくごとに、これで終わったのかなという気持ちが強くなった」
高橋選手は、自分の演技ができなかったのが悔しいとは言うが、右足のけがのせいにはしない。けがには触れないのだ。
そして、驚くことに、演技をしながら、自分を見つめている高橋選手がいる。最高レベルのアスリートが持つ底力である。
「自分自身への情けない気持ちと、応援してくれた皆さんにパワーを返せなかったことが悔しい」
高橋大輔選手は、応援してくれた日本国民に応えれないことが悔しいと言う。
「でも、これが自分の実力。受け止めたい。僕のスケート人生で一番苦しかった全日本でした。その厳しい壁を乗り越えられなかった自分自身に対して、もっとできるはずの自分がいるという気持ちもあるんですが。それができなかったことが悔しいんです」
この発言には、決して逃げない高橋選手の真骨頂がよく現れている。
インタビューの中で、「これで最後の演技になるかもしれないと思ったら、ありがとうございますという気持ちだった」と語っている部分は、スタンディングオベーションに対して彼がかすかに浮べた笑みについて言っているものだろう。
2013年12月23日、女子のフリースケーティングが終わり、ソチ五輪の男女の出場権をかけたフィギュアスケート全日本選手権は幕を下ろした。
会場のさいたまスーパーアリーナで、ソチ五輪の男子代表が発表されていく。
最後の三人目の発表。大観衆が固唾を呑む。
「高橋大輔!!」
その瞬間、会場全体がどよめいた。1万8,000人もの大観衆の拍手と声援が地鳴りのように響く。
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